田園調布
リラックスしているが品のあるパーカーを着ている、ただのぼんやりとした不安も抱えていなさそうな、私と同じ位の齢の女性と、少し年上のご主人と思しき男性が、こちらに一瞥もせず坂道を上がってくる。朗らかに会話をしていたが、私はイヤホンでBorisを聴いていたので話題までは分からない。
何でもない曲がり角から、独特のエンジン音でポルシェが徐行運転でこちらに向かってきて、洗足池の方へ走り去る。
「N」の大きいマーク入りのリュックを背負った子供が、大人のような表情で池上線に乗ってくる。
引っ越してきて一ヶ月弱、静かで治安も良いが、この街には長居しない予感がする。分不相応の綺麗すぎる水では生きられない。
ベースアップのためには、安息の時間と精神を差し出す必要があることは知っている。
お向かいの大豪邸も、その積み重ねで建てたであろうことも知っている。
明日倒れたら、下手にもがくことなく静かに沈黙したい。